205560 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ラブレターフロームカナダ

ラブレターフロームカナダ

幸子の日記、21~最終話

第21話、小さな決心

鏡のまえに下着姿で立ってみた。
ちょっと下腹に肉がついて、
太ももの後ろ辺りが少しぼこぼこしてきていた。

「あまり時間もないな、、、」

大きなため息をつきながら独り言をいった。

冷めたコーヒーを一気に飲み干し、
学校に行く支度を終えた後、家を出た。
学校に行くためにバスに乗っていると、
同じバスにウサギちゃんが乗ってきた、
隣のクラスのイビョンと一緒に。
イビョンは男前で人気があった。
イビョンは同じコリアンの女のこと付き合っていた。
この留学中に知り合い、婚約までしたと噂だった。

ウサギちゃんは私に気づかず、イビョンといちゃいちゃし始めた。
ウサギちゃんのいつもパーフェクトな髪型に、
少しだけ寝癖がついていた。
少しよれた服、化粧もしていない顔がすごく潤っていた。
少しよれた服は、昨日ウサギちゃんが家に帰ってないという
ことを物語っているようだった。

「だから別れたんだ。」

私はバスの外に目をやった。
ダウンタウンに近づいてきた。
知らないうちに彼の姿をさがしていた。
「会いたい会いたい会いたい、、」
あの500万をあげたら一日愛してくれるかしら?、
全身整形してうさぎちゃんみたいになったら
1週間愛してくれるかしら?
もし明日、私が死ぬといったら今日一日愛してくれるかしら?

絶対起こりもしないことをずっと考えていた。

「明日電話してみよう」

そう心の中で軽く決めた、
小さな決心がちょっとだけ私を幸せにした。
でも恐かった。 

第22話、珈琲

生理用品を買うためにあるドラッグストアに行った。
日本からたくさんもってきていたのだが、
それも先々月切れて、
初めてカナダ産のを使った。
初めて使ってびっくりしたのが幅の広さだった。
こちらのナプキンは幅が広く、
需要がそうなのか?と私は疑問をもった。
それ以降女性の股間あたりをよく
見るようになったのだが、
すごいデブで大きい人以外はあの幅では
もてあましそうな感じだった。

そんなことを考えながら幅の細いのをさがしていると、

「may i help you?」

男の店員が立っていた。
何日か洗ってなさそうな長い髪を束ね
無精ひげを生やしていた。
裾のすぼまった黒いジーンズにどこかのロック歌手の
Tシャツを着ていた。
背もあまり高くなく、顔も男前とは言い難かった。
前から見ても後ろから見ても
上から見ても、
俗に言う
ホワイトトラッシュという部類に入る男性だった。

私はナプキンを探していることを言えず、
コーヒーメーカーを探していると嘘をついた。

彼はコーヒーメーカーのセクションまで私を連れて行ってくれ
とても丁寧に色んなことを説明してくれた。

彼はとてもソフトスロースピーカーだった。
そう、声がセクシーだったのだ。

「コーヒーは好きなの?」

私がうなづくと、今度はコーヒーの話になり、
今度美味しいコーヒーが飲める秘密のカフェに連れて行ってくれる
と言った。
最後に彼は自分のプライベートの電話番号の載った
カードをくれた。
彼の名前はマイケルと言った。
私はナプキンを買わずに店を出た。

マイケルと話している間、
ずっとマイクと比べていた。
友達に紹介するにもちょっと恥ずかしい感じの男性だった。

私のポッケには2つの電話番号が入っていた、
一つはどうでもいい電話番号、
かけてもいいし、かけなくてもいい、
断られてもいいけれど、
向こうは会いたがっている電話番号、
もうひとつは、かけたいけれどかけれない、
断られるかもしれない電話番号。

どちらにかけても自由なはずなのに
私にはかけられない電話番号があるように思えた。

第23話、人の不幸

ある日、真由美と一緒にランチした。
ゾウさんも一緒だった。
ゾウさんはうさぎちゃんの話を聞き出すために
真弓をランチに誘ったみたいだった。

真由美はあっけらかんとした子で、私たちのたくらみを
知ってた知らぬか、よくしゃべった。

「そうそううさぎちゃんね~前のカナダ人の彼氏
おもいっきり振ったみたいよ、彼の方がかなり食い下がった
らしくてね、というのも向こうは結婚考えてたらしいから
当然よね。
イビョンのほうもね、自分からアタックしたらしいよ、
その当時イビョンには婚約者がいたのに、それを引き裂いて
自分の物にするんだから大した者よね~」

コリアンの婚約者は結婚前の性交を断ってたらしい、
そこへうさぎちゃんが色仕掛けを使い、
彼もあっさりと婚約者と別れたらしい。

「彼女毎日泣いているらしいよ、
そりゃそうよね、結婚考えてて婚約までした男をあっさり
寝取られるんだものね、私だったら自殺ものよ~」

「自殺」という言葉を使ったわりには、あっけらかんとはなしていた。

「それがね、まだ続きがあるの、
やっぱ世の中って皮肉よね~
この前ねうさぎちゃんが半泣きで話してたんだけどね、
彼、童貞だったらしいの~」

すごく興奮したように楽しそうに話し始めた。

「そこまではよかったんだけどね、
セックスの仕方がわかんないから、エッチビデオで見たことを
強要するんだって、彼、それが普通のセックスだと
信じているみたいなんだ~」

彼女のほっぺは赤らみ始め、笑いはじめた。

「それがね、そのプレイがすごいの、目隠しとか、
なんだっけ、鞭とかつかったり、最悪よね~
え?もっと聞きたかったら今度詳しく聞いておくよ」

彼女はすごく楽しそうだった。

「うさぎちゃん、こんな関係じゃ長くは続かないって
嘆いてたわ」

聞いていてすごく楽しかった。
楽しく思うと罰があたりそうで思いたくなかったが、
そのときだけは神様に許してもらおうと思った
ただただうさぎちゃんの不幸が楽しく思えた。
そう思うことによって、
今の惨めな自分を少しだけ救うことができた。

不幸すぎて最低な人間になっていた。
そんな自分が嫌だった。

第24話、靴

電話は無理だとわかったので、
マイクにメールをしてみた。
会いたいとか具体的なことは書かずに
ただ

元気?

と書いただけだった。
会いたいと書いて断れれば傷つく。
傷つくのが怖かった、何かあっても
なるべく傷が浅くなるように行動するよう心がけていた。

マイクからその夕方に電話があった。
懐かしい声だった。
お酒でも飲みに行こうかと誘われた。
もちろん返事は決まっていた。

「じゃあ、8時にロブソンの裏のいつものバーで、、」

心が躍った、
何を着て行こうか迷った。
時計は5時をさしていた、
今からシャワーを浴びて、髪をカールする時間は
十分にあった。

私は日本のユニクロで買った黒のドレスを選んだ。
胸が少しあいたもので、中のインナーをキャミソール系に
すればちょっとセクシーになった。
肩までの短い髪をカールした。
この老婆顔に髪をくるくる巻きすぎると、
本当のおばさんになりそうだったので
ゆるめのカールにした。

靴は昔マイクにプレゼントしてもらったものを履いた。
カジュアルなサンダルに黒のドレスはちょっとちぐはぐだったが、
絶対にマイクにもらった靴を履いていきたかったし、
セクシーなドレスはそれ一枚しかもっていなかったので
そのままで行くことにした。

マイクからもらった靴を履いていく、
それは無言な私の唯一つの主張だった。
私が言いにくいこともすべてこの靴に言ってもらうつもりだった。
もし、私が自分で言葉を発し、マイクに何かをお願いして断れれば
また傷つく、
でも靴が聞いてくれれば私が傷つかなくて済むからだった。
まだ私は自分が傷つかないようにばかり考えていた。
情けない女だった。

外に出た。
バーに向かって歩いていった。
この感覚がすきだった。
会いたい人に会いに行く、会いたい人は私を待ってくれている、
この道が永遠に続けばいいと思った。
会いたい人に会えなくてもいい、
もうすぐ彼に会えるというこの時間が永遠に続けばいいと思った。

もう春だったが、外は寒かった。
私の心は少しだけ暖かかった。

第25話、タクシー

バーに着くまでの間、
私はある歌を口ずさんでいた。

「タクシーに手を上げて~ジョージの店までと~
土曜の夜だから~あっは~あなたが居そうで~♪」

”あっは~”の部分を少し力んで歌った、
近くにいた外人が振り向いて、私の方を見た。
聞こえたらしかった。
私は歌うのをやめ、目をウインドーの方に向けた。
ウインドーの中からは、春が沢山飛び出してきた。

私には小さな夢がいくつかあった。
とっても小さな夢だった。
普通の女性から言わせれば

「え?それって夢のうちに入るの?私なんか何度もしてるわよ」

って言われそうな夢だった。

その小さい夢一つに、春の暖かい日に大好きな彼と
ピクニックに行くというのがあった。
私は大きな籐で出来たかごに美味しそうなサンドイッチやら
フルーツ、チーズにワインを入れる。
彼は私の家まで迎えに来る。
私たちは素敵な場所を探してドライブに出る。
ランチは素敵なブランケッドの上。
ワインでちょっと酔いがまわれば
クッションを枕にごろんと寝る。
横を見ると
私の髪をいじりながら彼が読書をしている。
上を見ると大きな青空が広がっている、雲ひとつ無い青いそら。
ただ何気ない一日が終っていく。

そんなことを考えていると店に着いた。
私はバーのドアを押して店に入ると
彼がカウンターに座っていた。

さっきの歌の続きを頭の中で歌った

「見慣れたその姿」

彼の席まで行き

「HI」

と軽くいった。
彼の顔は少し疲れていた。
生気もなかった。

私は今までの浮かれすぎていた自分を戒めるように
自分の周りにバリアみたいなものを張った。
何かあっても傷が浅くなるようにだった。

暗いライトの下、彼が少し酔っているのがわかった。
少し惨めに思えた。

第26話、毒りんご

私は彼の横に座った。
彼は私に何も聞かず、
マティーニを頼んでくれた、
いつも私が飲んでいたものだった。

マイクはしばらくグラスを見ていたが、
注文したマティーニがとどくと同時に彼が話し始めた。

「元気にしてた?」

この言葉をきっかけに、彼はたくさんのことを
話した。
新しい家具を買って家の配置を変えたこと、
仕事のクライアントが変わり、ちょっと忙しくなったこと、
そんなおしゃべりの口からは
うさぎちゃんの名前は一切でてこなかった。
私も聞かなかった。

薄暗いライトの下で見る彼は生気がなかったが、
それでも青い目だけはいつものように綺麗だった。

彼はふと私の足元に目をやった、
そして嬉しそうに

「気に入って履いてくれてるんだね」

といった。
靴が彼に何かを話しかけたらしい、
彼の肩と、私の肩が数センチ縮まった。
そして触れた。
それから彼は私を覆うようにキスしてきた、
長いキスだった。
嬉しいはずのキスだったのに、
彼のくれたサンダルを履いてきたことを後悔した。

子供の頃に読んだお話を思い出した。

毒りんごを食べさせられたお姫様は仮死状態に。
その後、王子様のキスによってその毒のかけらを吐き戻し、
目覚めたお姫様は、王子様に恋をしハッピーエンドで終る。

今夜の私は違った。
彼のキスによって毒のかけらを吐き戻し、
目覚めた私は、やつれてだらしの無い彼にがっかりする。

誰かのかわりなんてまっぴらだった。
そこまで自分を落としたくなかった、
こんな私でもまだ少しだけプライドがあった。

酔いすぎた彼のためにタクシーを呼んだ。
彼はしつこく一緒に帰ろうと言ったが、断った。
タクシーが来る間、子供をあやすように彼をなだめた。

彼をタクシーに乗せた後、
一人でもういっぱいマティーニを飲んだ。
今夜、毒のりんごを吐き出したことで
体が楽になってきていた。

少し心が弾んだ。
まだはっきりとはしてなかったが、彼を乗り越えれたように思えた。

歌の続きを小さい声で口ずさんだ、

「男と女の間には友情が残るはず、」

暗いライトに照らされたマティーニが少しきらきらして見えた。

「友達になれるといいな」
そう思おうとしていた。
まだまだ弱い人間だった。

第27話、同情

穏やかな日々が続いた。
恋する気持ちが無いことはとても寂しい感じがしたが、
外からの力を受けないことは
私をとても安心させ、
その時の私にはとても必要な時間だと思えた。

マイクとはその後定期的に会った。
彼への気持ちが無くなったかといえば嘘になるが、
前よりは「彼離れ」できている自分がいて、
そんな自分に少し酔い、
何をするにも余裕を持とうと心がけていた。

ただただ頑張っていた。

そしてその頑張りは、私の身と成り肉と成り、血となったのか
1ヶ月もすれば、
頑張らないといけない余裕が、頑張らなくていい余裕に少しずつ
変わっていったのを心で感じていた。
そう、私はマイクと対等の位置までやっと這い上がれたのだった。

もうすぐ夏休みがこようとしていた。
タームの終わりにはレベルチェックテストもあるので
学校も忙しくなり、宿題も増えていった。
皆レベルテストには落ちたくなかったので、
必死で勉強していた。
そんな中、ウサギちゃんがよく学校を休んでいた。
クラスに来る日もあったが、来ているときは
いつも体調を悪そうにしていた。

ウサギちゃんの周りの友達は
人の体調の悪さを汲み取れないぐらい若い子ばかりだった。
次第にウサギちゃんは学校に来なくなった。
同時に、イビョンもよく休むようになった。
ただ素直に私は、
心からウサギちゃんを心配できた、
ちょっと自分でもびっくりした。

何かあったことは分かっていた。
30を過ぎた女の感だった。

ただその何かが、
「な~んだ、そんなことだったのか」
で終るようなことだといいと願った。

私より不器用な子だったに違いない。
私以上に寂しかったに違いない。

彼女も私も必死だったに違いない。

本当の彼女が見えたとき、
なんだか悲しかった。

第28話、匂いの思い出

ウサギちゃんの家に電話してみた。
電話にはホストマザーが出た。
彼女いわく、ウサギちゃんはホストの家を出ていたらしく、
新しい電話番号を教えてくれた。
ホストは新しい引越し先に何度か電話したが、英語のできない人が
いつも出てきて、ちゃんと話しができてなかったらしい。
うさぎちゃんの両親が心配しているので
うさぎちゃんに日本の両親に電話するように、と
それだけ言付けられ、電話を切った。

話の内容によると、
うさぎちゃんは引越しを日本の両親に伝えてなかったらしかった。

その電話番号は、韓国の男の子4人で一軒家を
シェアしているイビョンの電場番号と同じだった。
すぐに電話したが返答はなかった。

直接いくことにした。
その家はダウンタウンからバスで1時間ぐらいのところにあった。

家にたどり着いた。
小さな家だった。
前庭は、何年も手入れされていないのか、
タンポポやらいろんな雑草が狂ったように生えていた。
その間には空き缶やら新聞の切れ端などの
ゴミが落ちていた。
フロントドアの横にはリサイクルボックスが置かれていたが
ちゃんと分別せずに色んなものが山盛りになっていた、
新聞などは長い間雨に打たれたせいか、黄色く黄ばんでいた。

ペンキのはがれきったフロントドアを開けると、
男くさい匂いとキムチの匂いが私の鼻をついた。

靴箱の横には大きなキムチのコンテナーが2つ積まれていた。
履き散らかした靴を掻き分け
玄関に立った。

「HELLOW~」

するとすぐに韓国人の男の子が出てきた。
ビギナークラスに在席する子だった。

ウサギちゃんに会いたい、というと、
彼は何も言わず、すぐに2階の部屋を指差した。

靴の脱ぎ、うさぎちゃんの住む部屋まで行く途中、
ランドリールームとキッチンを見た。
男4人が住んでいるだけあってとても汚かった。

「私はここには住めないや」
そんな独り言を言いながら階段を上った。

うさぎちゃんはこんな家に住んでいた、
そのときの彼女にどんな言葉が正しいか
分からなかったが、
ただ言えた事は
彼女は生活のレベルを落としてしまってたらしかった。

彼女の部屋の前に立ったが
ドアを開けるのが怖かった。
しばらくの間たたずんでいた。

キムチの匂いがまだ鼻についていた。
その匂いは嫌いではなかったのに、
嫌いになるかもしれない、と一人思っていた。

第29話、老婆顔の女

ドアをノックした。
反応は無かったので、
恐る恐るドアを押した。

カーテンの締め切った暗い小さい部屋だった。
男の汗臭い匂いがプンとした。
誰かがベットに座っていた。
それはいつもきらきらしていたウサギちゃんではなく、
疲れきった老婆顔の女の子が座っていた。

「うさぎちゃん、、、」

うさぎちゃんはびっくりしていたが、
私が訪ねて来た理由を話すと、
少し嬉しそうな顔になった。

そしてうさぎちゃんは話し始めた、
妊娠してしまったこと、
彼が中絶して欲しいと言っている事、
そして、そのお金が無いこと。

一台の古いテレビがあった。
その上には日本のポルノビデオが3本つまれていた。
部屋が埃っぽかった。

「お金が無いって、、、留学するのに一文なしできたわけじゃないでしょ、、」

私がそう言うと、
彼女は彼女のお金を全てイビョンに渡したらしく、
イビョンがそれを全部使ってしまったというのだ。

あの噂は本当だった。
イビョンはカジノに入り浸っているという噂だった。

「彼は?」と私が聞くと、

ウサギちゃんは学校に行っていると答えた。
彼女の顔は疲れていた。
あのつやつやした肌も、潤った唇も、シャンプーの匂いのする髪も
消えていた。
そこには精気の無い目を持つ老婆顔の女が居るだけだった。

彼女のためにおかゆを作ってあげた。
ウサギちゃんは美味しそうに食べていた。

「幸子ちゃん、ごめん、あなたからマイクを盗って、
彼のことどうでもよかったのに、ただあなたがうらやましくて、、、」

うさぎちゃんはおかゆを食べながら泣いた。

ウサギちゃんは私からマイクを盗った、好きでもない男なのに。
その罰がウサギちゃんに戻ってきた。

暗い部屋の中、ウサギちゃんが目の前で泣き崩れていたのに、
私はテレビのドラマでも見るように彼女を見ていた。

「正直に生きなくちゃ」

ただその言葉だけを心で繰り返していた。

第30話、ネオン


ウサギちゃんの住んでる家を出て、
ある場所へ向かった。
ウサギちゃんは、イビョンは学校だと言っていたが、
彼は学校をずっと休んでいた。

昔、マイクに一度だけ連れて行ってもらったことがあった。

「こんなのにはまっちゃだめだけどね、
何事も経験ね、、」

と言って$20だけくれた。
そのお金は10分も経つか経たない間に
マシーンに吸い取られてしまった。

ある場所に着いた。
私は入り口付近にある木の植え込みのある花壇に腰掛けた。

かなり待った。
かなり暗くなってきた。
しばらくするとイビョンが
ネオンがきらきらしたビルからでてきた。
私はお尻の土を払いながら
イビョンの方に近づいていった。

「イビョン、、」

私がそう話しかけると、
彼はびっくりしたようにこっちを向き、
あたふたし始めた。

私の顔からは彼を非難するものが出ていたに違いない、
彼は急に向きを変え、
走り出した。

私は彼の後を追うべく走った。

歯を食いしばって走った。
絶対に捕まえてやる、という気持ちで走った。
綺麗に走ろうなんて思わなかった。
周りがどう思おうかなんてどうでもよかった。
全身の力を振り絞り、追っかけた。
今捕まえないと、一生消えてなくなりそうだったからだ。

「イビョン!」

彼の腕を捕まえた、

「we should go home together..
you have to..you have to take care of usagi-chan
she has nobody except you...」

知らない間に涙があふれていた。
いっぱいいっぱい出てきた。綺麗なネオンが
にじんで見えてきた。

どうして涙がでてきたのかわからなかった。
彼女のためだったのか、自分のためだったのか。
涙は頬をつたい、首を流れ、
そして心臓辺りまでに達した。

イビョンとバスに乗り、家に向かった。
泣いた後、少し気が楽になった自分がいた。
少し体に残っていた最後の毒を吐き出したようか感じがした。

バスの窓ガラスには老婆顔の女は居なかった。
よかった。

第31話、尊さ


ー応援してくださる皆さんに捧ぐ章ー

ウサギちゃんは同じ場所に座っていた。
ただずっとイビョンを待っていた。

イビョンは謝った。
きっと逃げられないと思ったからだろう。
彼はウサギちゃんのお金を全部カジノで使ってしまったと
言った。
ウサギちゃんは何も言わなかった。
ただ老婆顔のまま座っていた。

とりあえず、イビョンにウォークインクリニックに電話をさせた。
中絶手術をするためには、
まずドクターの検診がいるからだった。

「i do not have any money,we can not see a docter」

評判の男前の姿は無かった、
ただ、悪いことをしてママに叱られているような
小さい男の子がそこに居た。

「お金はどうにかなるだろうから、まずはウサギちゃんを
ドクターに会わせないと」

ウサギちゃんは小さくうなづいた。

次の日、3人でドクターに会った。
そしてウサギちゃんの中絶する日が決まった。
イビョンは最後までお金のことを気にしていた。

「we do not have any money,we do not have any money」

最後までみっともない男だった。
私は女ながらウサギちゃんの事が理解できなかった。
マイクを捨てて、こんな情けない男と付き合うなんて。

でも私も他人から見ればそうだったのかもしれない。
少々太ってはいたが、私を大事に思ってくれる人の
申し出を断り、妻子もちと交際を続けた。
きっと回りは全部見えていたのだろう、
私だけが見えていなかった。

二人と別れた後、
私はそのままロイヤルバンクに行った。
$5000ドル引き出した。

中絶費用と、ウサギちゃんの帰りの飛行機代だった。

お腹の子供を殺すことにとても罪悪感があった。
私がドクターに会うように段取りをしたからだ。

手が震えていた。
間違ったことはしていない、
と思おうとしていた。
なんだかとても怖かった。

誰かに抱きしめて欲しかった。
第32話、労わり


ウサギちゃんの中絶の日だった。
私は病院に6時に迎えに行くことになっていた。
ウサギちゃんを迎えに行った後、
しばらくは私の部屋で彼女を住まわすことにしたからだ。

学校が午前で終わったので、ドラッグストアと
コンビニやに行った。
ちょっとでもウサギちゃんが楽にできるようにだった。
日本食をいっぱい買い込み、
その後ロンドンドラッグに行った。

ウサギちゃんはミントティーが好きなので、
それを探していた。

「hey,sachiko!how have you been?」

ホワイトトラッシュのマイケルだった。
屈託のない笑顔だった。
マイケルはどうして私がそんな沢山の買い物をしているのか
素直に聞いてきた。

「友達が今日退院するの」

とだけ話した。
中絶とは口が裂けても言えなかった。
するとマイケルはしくこく色んなことを聞いてきた。

どうやって彼女を迎えに行くのか、とか、
どこの病院か、とか、
何時に行くの、とか、、。
余計なお世話だったので嫌々答えた。

すると、

「疲れている友達をタクシーで迎えにいくなんてとんでもない、
僕は友達から車を借りてくるから一緒に行こう、
知り合いの車で帰ったほうがいい」

彼は知り合いではなかった。
友達でもなかった。
ただ、彼の強い言葉に押されて何も言えなかった。

彼は消えたかと思ったらすぐに戻ってきて、

「5時に仕事は終えるようにしたし、車も借りる手配はついた、
一緒に彼女を迎えに行こう、君一人じゃ大変だし」

なんだか図々しいように思えたが、
断れなかった。

5時30分ごろ、彼は古い車で現れた。
乗るのが恥ずかしいぐらいの車だった。

有難うとも言わずに無言のまま車に乗った。
彼なんかどうでも良かった。無礼な態度をとって
嫌われてもいい相手だった。

麻酔の切れたウサギちゃんを車に乗せ、
私の家に向かった。
マイケルはウサギちゃんをいたわるように、
私の部屋まで着いてきた。

「二人とも疲れただろうから、
今日はゆっくり休んだ方がいい、
幸子も今日はゆっくりするんだぞ、無理しちゃだめだぞ」

私の頭をぽんぽんと子供をあやすようなでた。
彼はそれだけ言って、何も聞かなかった。
ウサギちゃんが何の手術をしてきたか、知っていたから
聞かなかったのだろう。

「やっぱり心配だから、明日また電話していい?」

私は電話番号を渡した。
彼の足音が階段を下りていった、
遠ざかっていった。

外は強い雨が降っていた。
強い強い雨だった。
どうでもいい男が帰ったのに、すこし彼のことを心配していた。

第33話、安心

次の日、ウサギちゃんを置いて学校に行った。
私にとっては普通の日が過ぎて行った。

ランチをゾウさんと食べていると、
真由美がやってきた。

「ねえねえ~知ってる~?
なんでウサギが学校休んでるか?」

ゾウさんは身を乗り出した。

「イビョンの子を妊娠して中絶したんだって~
それにね、イビョンね、住んでいた家、昨日追い出された見たいよ、
ルームメイトがカンカンになって怒ってたわ、
彼一文なしだったんだって、、、」

真由美には日本人の彼氏が居た。
こっちで知り合った同じ学校の生徒だった。
彼女の恋愛は順調に行っているようだった。

「ウサギ、今頃どうしてるんだろうね、
イビョンは何とか友達からお金を借りて、すぐに韓国に帰る
みたいなこと言っていたけど」

「すっごいね~すごい話だね~」

ゾウさんが楽しそうに聞いていた。
私もその話を楽しく聞いていた。
人の噂話をするのは楽しかったし、
おんな3人でわいわい話していると現実から少し逃避できた。

夕方家に帰った。
ウサギちゃんはパジャマ姿のままテレビを見ていた。
暗い部屋だった。
電気をいっぱいつけても暗い暗寒い部屋だった。
その寒さは手足はおろか、
私の内臓まで冷たくさせていた。
私は無言のまま、彼女の横でテレビを見ていた。


「コンコン」

表のドアからだった、
ホワイトトラッシュのマイケルだった。
マイケルは両手にスーパーの袋を抱えていた。

「晩御飯食べた?」

電話もせずに来たことがちょっと腹だたしかった。

「美味しいもの作るからみんなで一緒に食べようよ」

彼はそう言うと、キッチンに向かい、
手際よく夕食を作ってくれた。
彼のクラムチャウダーは美味しかった。
さっきまで冷えていた胃がとっても暖かくなった。

彼はいつものように無精ひげを生やしていたが、
その中にある歯はとても綺麗だった。
髪は長いままだったが、
目が草食動物の目をしていた、
やさしい綺麗な目だった。

「やさしい人だな、」

外はどんどん気温が下がって行ったのに
私たちの部屋は徐々に暖かくなっていった。
どうしてなのか分からなかったが、
安心していた。

第34話、ワイン

たまに彼は来てくれた。
来るときはいつも連絡なしできた。
沢山の食材をいっぱいつめたスーパーの袋をいつも持ってきていた。

「幸せは胃からね」

彼がよく言う言葉だった。
最初は疎ましかった彼の存在も、いつしか
暗い部屋に灯す一本のろうそくのような存在になっていた。

彼は、学校に行かなくなったウサギちゃんにいつも
30分程度の英語のレッスンをしてあげていた。
私は宿題や学校で習ったことで分からないことをいつも
彼に聞いていた。

そう、私たちはいつも彼を待っていた。

ある日帰り際に彼が聞いてきた、

「幸子、覚えてる?はじめてあったときに話した秘密のカフェの話」

その言葉がどんな意味なのかすぐに分かった。

「あそこへどうしても幸子を連れていきたいんだ」

私は軽くうなづいた、ウサギちゃんに見えないように。

その夜、ウサギちゃんにお金を渡した。
$3000渡した。
返してもらおうなんて思わなかった。
お金なんてどうでもよかった。
まだ若いウサギちゃんがこのお金で
またもとの道に戻れるのならば、
とっても安いものだった。

老婆顔の女をこれ以上みたくなかった。
自分の過去を見ているような気分にさせられるからだった。
ウサギちゃんの笑顔が見たかった。
ただそれだけだった。

内緒で隠してあったワインを取り出した。
いつもは11ドルのワインを買っていたが、
いつもより奮発して18ドルもしたワインだった。
ウサギちゃんが退院した日に、
いつか二人で飲もう!と思って買っていたものだった。
二人で開けた。
安物のチーズとクラッカーで食べた。
なんだか楽しかった。
なんでもないことがとっても楽しかった。

ウサギちゃんが好きだった。
第35話、隠れ家

穏やかな日々が続いていた。
なんでもない一日が過ぎていった。

ホワイトトラッシュのマイケルは週に2回は家に来た。
マイケルにいつも手料理をご馳走になるのも悪いので、
2回のうち、一回は私たちで日本料理を作った。
マイケルはどんな失敗作でも美味しそうに頬いっぱいに
ほおばっていっぱい食べた。
ウサギちゃんも疲れ気味だったが、
少しずつ笑うようになっていった。

学校へ行けばウサギちゃんの噂話、
仲の良かった子たちまで悪口を言う始末、
みんなウサギちゃんの居場所を探していた。
きっと見つけ出してあざ笑うためだろうとわかっていたので
私はウサギちゃんを必死でかくまった。
彼女のために私が出来るただ一つのことだった。

ゾウさんまでもそれに参加していた。
それは私をとてもがっかりさせたが、
それでもゾウさんのことは好きだった。

ゾウさんは日本に彼氏を残してきたいた。
彼女の話からは、素敵な男性だと伺えた。
それでもゾウさんは外人の彼氏を欲しがっていて、
彼氏と外国生活との狭間で悩んでいたらしい、
インターネットで男のカンバセーションパートナーを
募集し、その彼とよくあっていた。
いわゆる恋人未満友達以上の関係だった。
どこまで進んだかは聞かなかった。
彼女も大人の女だし、言いたければ自分でいうだろうと
判断したからだ。

そんな自分とウサギちゃんを比べるようにゾウさんは言い出した。

「馬鹿よね~ウサギも、本当哀れだわ~」

むかついたが、何も言えなかった。

「幸子に意地悪したからよね~」

それ以上聞きたくなかったので忙しいといい
ゾウさんと別れた。
家に帰った。

嫌な気分だった。
言い返せなかった自分が嫌な気分にさせてた。
いい顔ばかりしていた。

第36話、キャンディ

ゾウさんと別れ、
家に帰った。

家に帰るとウサギちゃんがドアの鍵を開けてくれた。

「おかえり」

ドアを開けると同時に
にんにくのいい匂いがしてきた。

今日はマイケルの来る日だった。
私たちが夕食を作る番だった。
ウサギちゃんは下ごしらえをしていてくれた。

「今日はね、お魚の新鮮なのがみつかったから、
それで何かしようか考えてたところなの、、、 」

私のエプロンをつけていた。
いつかマイクのために日本食を作ったときにつけてた
ハートのついたやつだった。
好きな人に料理を作るときは「ハートのエプロンで」
と、勝手に妄想し、日本から持ってきたものだった。
小さい夢の一つだった。

「変装してスーパーに行ったの、はは、、」

ウサギちゃんはちょっと照れたように笑っていた。
外は暗くなってきていた。
もうすぐマイケルもやってくる時間だった。

どうでもよかった人たちが
今はとっても大事な人になっていた。

それはレインボー色の甘いキャンディみたいなものだった。
食べたいけれど、
食べちゃうとなくなってしまう、
友達に見せたいけれど、
友達に見せちゃうと盗られちゃうかもしれない、
ずっとずっとポッケにしまっておきたかった。

私の甘い甘い大事なものだった。

第37話、敗北感


「彼と一緒に住むことにしたの」

ゾウさんが、ちょっと大人ぶって話し始めた。
その大人ぶりは、私に意見を言わせないバリアのように思えた。

「その方が安くつくし、彼光熱費とか家賃とか、
私に3分の一だけでいいって言うしね、」

彼は本気では無いと感じていた。
女の感だった。

彼にとっては好都合だった、
期限付きの恋人。
そして家賃を3分の1出してくれるいつでも抱ける女。
人のことはよく見えた。

「でも、ぞうさん、日本に残してきた彼はどうするの?」

とどまらせようと思った。

「わかりっこないわよ、遠いカナダで私が何をしようとね、
彼はずっと待ってるわよ、ふふ、、いいでしょ~」

ちょっとだけ羨ましかった。
彼氏と呼べる存在がいて、そして待ってくれている。
負け犬な私には、それ以上何もアドバイスはできなかった。
ゾウさんも私になんか意見は求めてなかった。

演じるのに疲れていた、
弱い自分が少しずつでていたのかもしれない。
敗北感を味わっていた。

カナダに来て、ずっと違う自分を演じていた。
それは強い女性だった。
そんな強い女性の中に垣間見える弱い自分、
消してしまいたいのに
いつまで経っても自分の後を影のように追いかけてきた。

「いったい私は何者だんだろう、、」

そんな言葉を繰り返していた。

周りでは若いきらきらした日本の女の子達が
コリアンの男の子達を楽しそうにおしゃべりしていた。
私には到底入れない遠い場所になっていて、
見るのもできないぐらい遠い場所だった。

自分が何者かの答えが一つだけ見えたような気がした、

無力でちっぽけな人間だった。
誰も私を求めてないという
敗北感を味わっていた。

第38話、帰国


「チケット予約してきたの、
来週帰ることにした。」

その言葉を聞いたとき、
心に重い重い錘が入ってきたように感じた。
その錘は重すぎて、私の心はどんどん沈んでいった。
後5日しか残っていなかった。

私のポケットには2つの電話番号があった。
かけないといけない電話番号だった。

マイケルに電話した、
ウサギちゃんが帰ることをつげ、
3人でお別れ会を週末の土曜日にすることにした。

もう一つの番号にも電話した。
何度もかけた電話番号だったので
指が勝手に動いた。
不思議な気持ちがした、
いつもは彼に会いたい目的で電話していたのに、
その日は違っていた。

「HELLO~」

聞きなれた声だった。
少し心が躍った。

「do you know that usagi-chan is going back to japan
next monday...」

彼は無言だった。

「i think you should see her...」

マイクは言葉を詰まらせながら、
ウサギちゃんに代わって欲しいと言った。

あの日、酔った彼についていかなくて良かったと思った。
もし着いていってれば、
ウサギちゃんの帰ることを彼に告げることはできなかっただろう。

誰も私を責めないだろうが、
フェアーでいかなければ
自分で自分を責めそうだった。

窓から外をみた。
太陽の光が強く照っていた。
7月の初旬だった。
夏が来ていた。

カナダの夏を見ずに帰るウサギちゃんを
少しかわいそうに思った。

底辺から少し這い上がった気がした。 `
第39話、大便の記憶

金曜日だった。
私は早く帰ってウサギちゃんとビーチに行く約束をしていた。
日本のお弁当を作って
ピクニックの予定だった。

「幸子~もう帰るの?
どっかでランチしていかない?」

真由美だった。
用事があるからと断ると、

「知ってるよ~ウサギちゃんと一緒にいるんでしょ~ふふ
でもさあ~、あなたも物好きね、あんな嫌なことされていたのに
あの子をかくまうなんてね、
あ、ひょっとして、匿ってる振りしていじめてたりとか~?
ウサギちゃん頼る人いないしね~」

彼女の顔がいがんで見えた。
怖い顔をしていた。

「人の悪口を言うときって、人間ってこんないがんだ顔になるんだ」

そんなことを思いながら、
じっと彼女の顔を眺めていた。
昔のことを思い出していた。

子供の頃、私は外のトイレで大便ができなかった。
ある日、お腹が痛くなり、
トイレに駆け込んだ、
家に帰る時間がなかった。
トイレから出てくると、上級生の人たちが私をにらみつけていた。

「くさ~いくさ~い」

悪いことはしていなかったのに
責められている気がした。
恥ずかしくて走って逃げた。
教室に帰ってもどきどきしていた。
教室のみんなは知らないはずなのに
怖くてすぐにランドセルをしょって走って帰った。
どんなに小さいことでもいつも大きく受け止めすぎていた。

あの上級生の顔と彼女がダブっていた。

それ以上真由美の顔を見ることができなかった。

早くウサギちゃんに会いたかった。
早く帰れるような気がして、
バスの中で足をばたばたさせてた。

第40話、アイスワイン


土曜日、私はお寿司を作った。
ホワイトトラッシュのマイケルは
美味しそうなサラダを作っていた。
30ドルを出してアイスワインを買っていた。
みんなで飲むためだった。

アイスワインで乾杯した。
マイケルは甘い飲み物は苦手だと言っていたが、
最初のいっぱいだけ付き合ってくれた。
ウサギちゃんは初めてだと言っていた。

全部美味しくていっぱい食べた、
ワインも美味しくていっぱい飲んだ、
3人でいっぱいしゃべっていっぱい笑った。
おかしくて涙が出てくることもあった。

ずっとずっとその時が続けばいいと思った。


次の日、マイクがウサギちゃんを迎えに来た。
お別れに会う約束をしていたからだ。
ウサギちゃんはいっぱいのおしゃれをして
そそくさと出て行った。

ウサギちゃんの出て行った部屋は、
何だが居心地が悪かった。

「明日彼女は出ていくんだから、
なれないとね、、」

一人でつぶやいた。
どんどん胸が苦しくなってきた。
なんでかわからなかった。
ウサギちゃんに嫉妬していたのか、
マイクに嫉妬していたのか。

待つのに疲れていた、
疲れている心をもつことに嫌気もさしていた。

一人ぼっちから救ってくれる電話番号が
一つだけポッケに入っていたが、
かけなかった。

寂しさを紛らわすために他の事をするのが
嫌にもなっていた。
それに彼を紛らわす為の材料にも使いたくなかった。
寂しさをとことん味わおうと思った。

その時は気づいていなかった。
ウサギちゃんとマイクのことばかり考えすぎていた。

第41話、迷い道


ウサギちゃんは
2時間すると帰ってきた。
かなり拍子抜けだった。
今日の夜はマイクと「ムフフな時間」を過ごすと思って
いたからだ。
いや、そんな時間をすごさなくとも、
晩御飯ぐらいは食べてくるだろうと思っていたからだった。

「早かったじゃん」

「うん、、、幸子と過ごす時間がなくなるな~って
思っちゃってね、早く切り上げてきた、
ちゃんとさよならも言ったし」

「そうなんだ、、」

その言葉を言うのが精一杯だった、
すごく嬉しかったのにそれを告げるのが恥ずかしかった。

その夜は二人だけでお別れ会をした。
私はウサギちゃんの
「さよならしてきた」
の意味を聞きたかった。

「さよならしてきたの?」

「うん、とりあえずはね、」

「とりあえず、って、、、

マイクは今でもウサギちゃんのこと好きだと思うよ」

頑張って言った。

「うん、でも今は考えられないの、何も、
今は早く日本に帰って一から出直したい。
出直せてから、それから色んなことを考えたいの」

それ以上何も聞かないことにした。
ウサギちゃんにはちゃんとした考えが
心の中にあるということを感じたからだ。

「私、ちょっとだけ成長できたかも、」

「うん、」

「幸子のおかげだよ、、、」

私たちはテレビに向かったカウチに並んで座っていた。
私は落ち着いていた。
なんだか幸せだった。
自分の思いが人に影響を与えた、
ちょっとだけだったと言っていたが
ウサギちゃんは成長したと言った。

人がこの世に存在する意味って、
こういうことなのかも、と
そんなことを心の中で考えていた。
頑張ってよかった、
と思った。

自分の真っ暗だった道に雲の隙間から太陽が少しだけ
照ってきた。
迷子だったわたしだったのに
暗いながらも行く道が少しだけ見えてきた。

第42話、ハイジ


その日はホワイトトラッシュのマイケルが迎えにきてくれた。
例の古い車を友達から借りてきてくれていた。

私は後部座席に乗った、
ウサギちゃんの横にすわった。
車が発射してまもなく、
私はウサギちゃんに話しかけた。

「ねえ、スイスって行ったことある?」

「え?スイス、私はカナダしか外国知らないや」

「今度行かない?一緒に」

「え?いつ?」

「えっとね、私が60歳になる年に、
え~っとだから、ウサギちゃんは52才かな、」

「うん、いいよ、行こう」

スイスは小さい頃から行きたい場所だった。
昔よく見た「アルプスの少女ハイジ」の影響だった。
それにこの約束はある意味をさしていた。
ずっと友達でいて欲しい意味だった。
それも私が60歳になるまで、、、。
遠い遠い未来のことだったが、
この約束は、私たちの今ある友情を形にしたものだった。

マイケルは口数が少なかった、
きっと私たちに気を使っていてくれたのだろう。

空港についた後、荷物を持ってウサギちゃんは
チェックインした。
あまり時間は無かった。
私はウサギちゃんにさよならを言わないといけない
時がきていた。

そう、このさよならは、私にとって寂しいものだけど、
ウサギちゃんにとっては
やり直すためのさよならだった。

「プラスに考えなきゃ、プラスに考えなきゃ、、」

ずっと心で繰り返していた。

第43話、味


ウサギちゃんと別れる時が来た。
ウサギちゃんは扉の向こうへ行こうとしていた。
同じバンクーバーにいるのに、
外国みたいな場所へ。

「幸子、色々有難う、なんていっていいかわかんないから
手紙書いた、後でこれ読んでね」

そう言ってウサギちゃんは私を抱きしめた。
ウサギちゃんからは甘いシャンプーの匂いがした。
あの時と同じ匂いだった。
綺麗な彼女に私はずっと憧れていた。
その匂いは私の心をくすぐった。
涙がでてきて止まらなかった。

ウサギちゃんの姿は消えた。

「レインボー色のキャンディ、半分食べちゃった、、」

独り言を言った。
マイケルを見た。
マイケルはまだ見えなくなったウサギちゃんを
目で追っていた。

帰り、マイケルは私を秘密のカフェに連れて行ってくれた。
車じゃないといけない場所だったから
ちょうど都合がよかった。

そこは古い古いカフェだった。
昔のポスターがいっぱい張られていた。

マイケルが買ってきてくれたカフェは
少しだけバナナの味がした。
すごく甘かった。

「残り半分のキャンディはこんな味なのかも、、」

とそんなことを考えていた。
ウサギちゃんがいなくなったことは寂しかったが、
それよりも彼女の新しいスタートが
私は嬉しかった。

マイケルはひげにラテの泡をつけながら美味しそうに
飲んでいた。
まるで子供みたいだった。

その日、私は3つのことを手にいれた。
それは、約束と、手紙と、ちょっとした恋心。
その3つは私をすごく幸せにしていた。

最終話、手紙


「だ~~~いすきな幸子へ

えっと、まず最初に、
有難う、この言葉では言い尽くせないぐらい
幸子には感謝しています。
きっとこの手紙を幸子が読む頃は、
私は空の上かな~
あの幸子の部屋の大きな窓から
私の乗ってる飛行機が見えてたりしてね、テヘ

今回の留学、私にとってはとっても意味のあるものだった、
だって私の人生変えてくれた幸子に出会えたから。
きっと神様が幸子に出会えるように私を
カナダに送ったんだね。
神様にも感謝感謝!

しばらくは日本でおとなしくして
母孝行する予定。
ある程度エネルギーを貯めたら
またなんかしでかすぞ~。
待っててね!

ずっと照れて言えなかったけど、
幸子はいい女だよ、今はね幸子が目標なの。
幸子の年になるまであと8年、
いっぱい自分を磨いて
幸子以上のいい女になるぞ、見ててね。

最後にもう一言書かせてね、

私なんかに
いっぱいいっぱいやさしくしてくれたね、
一生忘れないよ、幸子の気持ちを
有難う。

                    Lovelyウサギより」

手紙を閉じて窓から外を見た。
遠くの空で飛行機が飛んでいた。
胸がキュンとなっていた。

夏の日差しがきつくて
少し目を細めた。
私は飛行機の後を目で追っていた。



                       幸子の日記 -おわりー



                 ウサギの日記へ続く



私のお話が気に入られましたら、下の2つにクリックお願いします^^

人気blogランキングへ

にほんブログ村 小説ブログへ






© Rakuten Group, Inc.